巡察の日だったは、同じく本日巡察の山南と京の街を歩いていた。
いつも見慣れた町並みも、隣に山南がいるだけで違って見える。
隊務とはいえ、こうして一緒に京の街を歩けることが嬉しかった。
いつの頃からか、は山南を意識するようになっていた。
しかし、その気持ちが彼の重荷になってはいけない。
今のままこうしていられるだけでも、十分に幸せだから。
そう思うからこそ、山南に自分の気持ちを悟られまいと、
ずっと心の奥に押し留めている。
「今日は随分ご機嫌だね。何かいいことでもあったのかな?」
「えっ…?そっ……そうですか?」
まさか、山南と一緒にいられて嬉しい…と答えるわけにもいかず。
「きっ…きっと天気のせいですよ!」
と、誤魔化してみたのだが………
「天気の…?なんだか雲行きが怪しいようだけど?」
山南は不思議そうに、空を見上げる。
よく見れば、空一面が真っ黒な雲に覆われている。
今の嘘には無理があったかも…とは後悔した。
山南が、再び空に視線を移す。
「少し道を急いだ方がいいかもしれないね。」
しかし、時既に遅く、雨は勢いよくニ人の頭上に降りかかってきた。
今いる場所から屯所までは、かなり離れている。
雨は一向に止む気配はない。
「このまま雨の中を走っても風邪を引くかもしれないし、
どこかで雨宿りでもしようか。」
山南の提案に、は近隣の建物を見渡した。
ある一件の看板に「茶」の文字が見えたので、はそこを指差し
「山南さん、あそこで雨をやり過ごしましょう。」
と、店を目掛けて駆け出した。
「君、その店は…!」
何やら後方で、山南が制止する声が聞こえたが、
その時は既に店の中に入った所だった。
「ようお越しやす!」
「…あの…雨が止むまででいいんですけど、少しの間軒下をお借りしても…」
が店の主人に話をしている途中、追いついた山南が店内に入ってきた。
主人は、山南の姿を確認すると、何を思ったのか含み笑いをしつつ
「どうぞ、こちらのお部屋を使うておくれやす。」
と、ある一室へとニ人を案内した。
「では、どうぞごゆるりと…」
案内された二人が部屋で目にしたものは………
部屋の真ん中に堂々と敷かれた布団だった。
「え…?どうして……?」
未だ状況が飲みこめていないに、山南がため息混じりに問う。
「君。ここが何の店だか知っているかい?」
「え…?『茶』の看板が見えたから、私はてっきり…」
やっぱりか、と言った顔で山南は苦笑する。
「おかしいとは思ったんだ。君が進んでこのような所に
来るとは思えなかったから。」
その言葉に、自分はとんでもない店に
足を踏み入れてしまったのだと悟る。
「ここって、どういう所なのか尋ねてもいいですか?」
「その……ここは…だね…」
大抵の質問にははっきり答えてくれる山南が、
言い難そうに言葉を濁す。
から視線を外し、眼鏡を直す。
「男女が逢瀬を楽しむのに使われる部屋……といったところかな…」
「…………!!」
目の前に敷かれた布団。
そして気まずそうな山南の態度。
先ほどの店主の含み笑い。
その全てに合点がいった。
「ごっ……ごめんなさい!こんなとこに入っちゃって…」
「いや、いいよ。君は知らなかったんだし。」
この部屋に二人きり……
変に意識し始め、はすっかり緊張で固くなってしまった。
「そんなに緊張しなくていいよ。何もしないから。」
の様子を見て、山南が苦笑混じりに声をかける。
「それとも、私の事は信用できないかな?」
「いいえ!そんなこと……」
山南が信頼を裏切ることなどありえない。
『何もしない』という言葉に安堵する気持ちと、
『ちょっと残念かも…』と思う気持ちが交差する。
その時だった。
激しい稲光と共に轟く雷鳴。
「きゃぁっ!」
「……君!?」
あまりに凄まじい雷鳴に驚いたは、目の前にいた山南にしがみ付いた。
……が、勢い余ってそのまま山南を押し倒してしまった。
雷鳴が響く度に、山南の着物をぎゅっと握り締め、小刻みに震えている。
「君、雷が苦手なのかい?」
山南に声をかけられ、は我に返った。
目を開けると、倒されてしまった山南が、の様子を見て笑っている。
「やだ…ごめんなさい!」
は慌てて山南から離れようとしたが、その瞬間山南に抱き止められてしまった。
「や…山南さん…?」
「しばらくの間、このままでいてくれないか?これ以上は何もしないから…」
は無言のまま頷いた。
もしかしたら、山南も自分のことを想ってくれている。
そう自惚れてもいいのだろうか。
静まり返る部屋の中で聞こえるのは、雨の音と鳴り響く雷鳴。
そして二人の鼓動だけ…………
あとがき
梅さんに出会茶屋に連れこまれたとき、他の人と
ここに来たらどうなるのだろう?と思いまして。
中でも絶対自らこんな所には足を踏み入れないであろう
山南さんと行けたらドキドキ?…という妄想が(爆)。
最初に浮かんだ時には、浅葱ヒロイン設定だったのですが
とても自分相手にこんな話書けな〜い///
と思いまして、こちらでUPすることになりました(^^ゞ
でも、表で書けるのはここまでが限度ですね。
…ってことはもしこの先続けたら……?(爆)
続きを読んでみたい方、いらっしゃるんでしょうかね?